日本にジュエリー文化は育つのか???

 このところ、家庭画報などのジュエリー記事のために、過去のすごいジュエリーを見る機会が非常に多いのですが、どうも気になることが一つあります。それは過去の文化文明、あるいは過去の芸術というものと、それを生み出した社会との不公平さというか、釣り合いの悪さということです。

 これはジュエリーに関したことだけではないのですが、過去の偉大な文化、あるいはもっと具体的には、文化的遺品を生み出した社会が、今日的な目で見ると、甚だ問題のある社会、今日の皆さんが大好きな公平な社会からは程遠い、とんでもない社会から生み出されているということです。ジュエリーで言えば、素晴らしい遺品の幾つかは、帝政ロシアで作られたものですが、帝政ロシアというのは、国民の99%が農奴で飢えに苦しみ、最後には革命で潰れた社会です。その中で、皇帝を中心とした貴族たちが豪勢な生活を送り、そこで作られたジュエリーは、今日でも目を剥くものです。フランスも同じですよ、ルイ王朝の歴代の王様達や貴族が作った、あるいは集めたジュエリーは、ロシアに負けないほど、しかしこれもナポレオンの登場で滅びたのですが、そのナポレオンと一族も、ルイ王朝に負けないほどのジュエリー狂でした。もちろん、ジュエリーだけの話ではない、エルミタージュ宮殿やヴェルサイユ宮殿を見れば彼らの、彼らの豪勢な生活がわかります。

 この社会の不公平というか、不自然な格差を考える時、いつも思い出すのは名画の「第三の男」です。戦後の荒廃したウイーンの街で、二人の男が出会います。オースン・ウエルズとジョセフ・コットンが演じていますが、コットンが演じる男が親友のウエールズを訪ねてくる、ウエールズは悪党になっていて偽のペニシリンを売って金持ちになっている。コットンがウエールズを諌めます、悪いことからは何も生まれない、すぐに悪事をやめろと。ウエルズがせせら笑って言います。これがすごい。イタリアは三百年にわたって内乱、戦争、裏切り、殺人を繰り返してきた、だけどルネッサンスを生んだじゃないか、同じ三百年、平和を繰り返してきたスイスは何を生んだ、鳩時計さ、と。思わず膝を叩きたくなる名台詞ですよ。

 要するに、何を言いたいかと言いますと、文化というものは、金持ちがいない社会では生まれないのではということです。もちろん、文化というものが、文学、絵画、彫刻、音楽、服装、そして装身具だけというわけではない、縄文土器も、青銅器も、ヘイティキも立派な文化ですから、文化という言葉で全てを網羅はできない。しかし、今日で文化として美術館とか博物館に収められているもののほとんどは、金持ちというのか、支配者たちというのか、そうした人たちが作らせ、使ってきたものであることは間違いない。

 さて翻って、今の日本に文化と言えるものがあるのでしょうか。お役所では文化庁があり、街にはカルチャーセンターなるものがあり、美術館も博物館もいっぱいありますから、あるということになるのでしょう。しかし、21世紀末になって、今世紀始めの日本に遺産として残る文化が、何があったのと聞かれたら、まあ、マンガとスマホ、それ以外に何がありますか????悲しいですね。

 こうしたことになるのは、私見ですが、金持ちが金持ちとしての消費をしてくれないことにあると思います。金持ちと言える人は日本にもいるのですよ、もちろん、アメリカのIT長者ほどではないにしても、富裕な人は沢山います。彼らがどうして文化的な消費をしてくれないのでしょうか、いや、してもそれが顕在化しない、こっそりと消費しているのは、なぜかということです。それは人々の嫉妬が怖いからです。日本ほど、金持ちイコール怪しい人という奇妙な信念が行き渡っている国はない。いうまでもなくどこの国でも金持ちは嫉妬の対象になります。それが、どれほど正しく働いて、ちゃんと税金を払って残ったお金でも、怪しいと思う、それが日本社会です。しかも厄介なのは、それは嫉妬でなく正義だと言い立てる、マスコミもそれに同調する、これほど厄介な国はないと思います。

 えらい長口上を述べましたが、そうした社会で凄いジュエリーを買ってくれる人がいるのでしょうか、いや、いないことはない、だけど誰もそうしたジュエリーをつけて堂々と世に出てくる人は少ない。買ってくれる人、使ってくれる人がいなければ、作る方も作れない、世に溢れているのは、自称ジュエリー、ほとんどがアクセサリーに毛の生えた程度のものになる、それが今の日本のジュエリー界ではないでしょうか。それでジュエリー文化というものが、将来美術館に収められるようなジュエリーが、生まれたら奇跡というものです。まあ、こう言いますと、責任はジュエリー業界だけにあるのではなく、日本社会の奇妙な歪みに原因があるとも言えます。どちらにしても、悲しいかな、近い将来に日本に文化となるジュエリーが生まれることは期待できないと思っています。

2022年8月29日 | カテゴリー : ジュエリー | 投稿者 : Ryo Yamaguchi