最近では、あまり宝石店に出入りすることも少なくなったのですが、たまに宝石店に入って仰天するのは、並んでいるアコヤ真珠のネックレスが異常なまでにピンク色なことです。ほとんどモモイロ珊瑚に近い、ドピンク色のネックレスを見ると、いったいこれはどうなっているのと思います。
日本の養殖真珠に長く携わってきた人なら解っているでしょうが、第二次大戦の直後に日本のお土産として売られた養殖真珠と、今日のものとは全くべつのものです。真珠で最も大事な巻はどんどん薄くなり、それを補う手段として、前処理、漂白、染色という技術が発達しました。染色ではあまりにも露骨すぎると思ったのか、業界や鑑別業者などは調色という言葉を引っ張り出して使っていますが、調色という言葉にはこんな意味はありません。広辞苑を引いてくださいよ。合成染料や化学薬品、さらには蛍光剤なども登場して、鑑別の方でも着色という表示をするようになりました。戦後一貫して、こうしたことは行われてきたのですが、それでもある種の節度というか、これ以上はやらないという限界があったと思います。
最近見るピンクの真珠は、明らかにこの限界を超えたものです。真珠固有の象牙色に近い色合いはどこにもなく、ほとんどがモモイロ珊瑚と変わらないほどのピンク色に染まった真珠を、これがアコヤ真珠ですと言って売る、そこには養殖真珠を作り出したかっての日本人のプライドはどこにもない。しかも、それが業界の片隅にいる弱小の業者のすることなら、無視もできますが、最大手の業者が率先してやっているとなると、これは問題でしょう。そうした真珠を香港あたりに持ち出して、中国人に売りつければ売れた売れたと大喜びする、それが今の真珠業界ではないでしょうか。
鑑別の方でも、染色、調色、着色などいう紛らわしい表記はやめて、少しでも染剤の入ったものは着色に統一する、それも可能であれば着色の方法を明記するくらいの改革をしなければ、存在理由がないでしょう。今の鑑別書に記載されている「潜在的に有する美しさを引き出す真珠特有の加工が行われています」という文句を信じるならば、ドピンク色は真珠の潜在する美しさだというのでしょうか。
かってオーストラリアあたりの真珠業者が、日本のアコヤ真珠は真珠ではなく染珠に過ぎないと宣伝しましたが、その白蝶真珠もタヒチの黒真珠も、アコヤ同様の加工と処理とが行われ始めています。この分で行けば、すべての養殖真珠は宝石と言うよりも、自然のものに着色したものという定義になる日が来るかもです。1920年代、養殖真珠が欧米に初めて登場した時、あれは真珠ではないと訴訟を起こしたフランス人たちは、案外にも正しかったのかもしれませんね。