老人になったことの特徴は、昔話をする、話がくどくなる、同じことを何度も言う、ということらしいが、今回、W&Jの藤井社長からの依頼で、私めの真珠屋としての昔話をしろということで、まあ、これで私も堂々たる老人になったのかと、いささか情けないのですが、お引き受けしました。
私がミキモトに入社したのは、1960年、昭和35年ですから、全くの大昔、爾来53年もこの業界でウロウロしている事になります。ミキモトでのキャリアで私が少し変わっているのは、営業と商品開発しかやってこなかったことと、銀座から転勤しなかったことでしょう。最後には一応営業本部長ということで、やりたい放題に仕事をしていましたので、そのほぼ40年の間に真珠について起きた事は理解しているつもりです。
不思議なもので、その真っ只中にいる時には感じなかったのですが、今にして振り返ってみますと、この年月の間に、真珠は特にアコヤはひたすら衰退の道を辿ったと言えます。まあ、その渦中にいて何も出来なかったことを思うと、いささか慙愧の念にかられます。
広い意味での装身具には、素材のランクと言うか価格というか、それによって宝石、アクセサリー、雑貨の3つに大別されます。これを今の業界に当て嵌めますと、宝石となる真珠は、天然真珠、アクセサリーと鳴るのは白蝶と黒蝶の一部、雑貨は中国淡水とアコヤではないでしょうか。どうものっけから際どい話題で、藤井編集長のにがり顔が目に浮かぶのですが、残念ながら事実は事実、訂正する気はありません。まあ、この連載の最初の数回は、アコヤ真珠がいかにして雑貨にまで身を落としたのか、その理由、歴史から振り返って見たいと思います。
宝石、あるいは本当のジュエリーと呼ばれる商品には、そう呼ばれるに必要な条件が3つあります。希少性、耐久性、それに話題性です。アコヤに希少性はありますか。
8ミリの連に8半のイヤリングを付けて38,800円というのが、一流百貨店が保証するということで、テレビで無制限に売られている、これが稀少ですか?染色が抜けて早ければ半年で色が変わります。有機物ですから経年変化は避けられないだと、これで耐久性があると言えますか?白くて丸いだけの真珠のネックレスに話題性がありますか?何時でも、何処でも、幾らででも、何本でもありますよ、これがアコヤではないでしょうか。これが宝石ですか?どう見ても工業製品に近い雑貨でしょう。しかも真珠そのもので善し悪しや美しさを計るのではなく、べたべたと意味のない保証書だの、鑑別書だのを添付しなければ売れない、こんなものの何処が宝石なのでしょうか。
勿論、そうした環境の中でも努力して良いアコヤを作ろうとしている養殖業者がいる事は私も分かっています。だけど、真面目な業者ほど苦労している、しかも業界全体としてこういう状況を変えて、アコヤに昔の輝きを取り戻そうという気配は全くない。一回目の結論、“アコヤは雑貨である”。次回はそうした事になるまでの歴史を見てみます。