この五十年の真珠衰退を思う 第10回 真珠の婚約指輪は何処へ行ったのか(2013年 時計美術宝飾新聞)

 またまた昔話で始まりますが、ご寛容を。私が入社してからの十年ほどは、お客と言えばアメリカ人や南米人であることは前にも書きました。昭和も40年代後半になりますと、日本人のお客が増えてきます。とは言っても、今のように誰でもがお客になる訳ではなく、ほとんどが父親の名前が新聞の一面に出ているような家庭の方ばかりでしたが。カードなどは無い、現金払いというのも少なかった、名前を言うだけで支払いは後ほど頂戴に上がる、それでほとんど用が足りた、素晴らしい時代でしたね。業界人でもほとんど知らないことですが、この時代、すでに日本にも婚約指輪はあったのですよ。しかもその多くがアコヤ真珠の指輪だったのです。ダイヤモンドなど影も形もありません。
今や婚約指輪と言えばダイヤモンドだと思っていますが、それはデビアスが日本市場で大広告を始めてからのこと、戦後の日本女性の最初の婚約指輪は真珠のものだったのですよ。今では、真珠の婚約指輪などどこにもない、真珠業者自身が真珠で婚約指輪を作ろうとも思っていない、女性がみな鼻くそみたいな0.3カラット前後のダイヤモンドを買うのを指をくわえて見てるだけ。誕生石で言うなら、女性の最低でも12分の一は真珠が誕生石でしょ。どうして業界は真珠の婚約指輪を提案しないのですか。一年当たりの結婚数が70万組と言うなら5万本以上の真珠の婚約指輪があっても良いのではないでしょうか。
 これこそ真珠業界の商品というものに対しての無関心の見本だと思いますよ。なんでも良いからネックレスだけ作っていれば、取り敢えずは売れると、そんな面倒くさいことなどやりたくなという所でしょうね、本音は。真珠をもつこと、使うことの楽しさをまったく考えていない、ネックレスですら、ただひたすら作りやすいチョーカーだけを作り続けて、面倒なグラジュエーションの連など、何度説明しても作ろうともしない、ましてやソートワールとか、タッセルの付いた複雑なネックレスなど知識もないというのが現状でしょう。ですから、多くの小売店にとっては、困った時の真珠頼りで分かり易い連だけを価格競争で売るということになるのです。もちろん、それでもある程度は売れますが、問題の一番トップの客からは見向きもされない。これが今のアコヤを取り巻く現実です。内容的には見るものもない、だから価格だけがお客への訴求のポイントで、努力しますと言っても、精々がイヤリングを付けるとかに過ぎず、当然ながら価格ではなく内容なのよという客からは見向きもされない。ネックレスだけでなく、婚約指輪がないことからも分かる通り、他のジュエリーにも見るべきものがない、それがアコヤの現実ではないでしょうか。アコヤのジュエリーで、面白いとか知らなかったとか、お客が言ってくれるものが何か心当たりがあいますか。
 つい数十年前までは、アコヤの婚約指輪がけっこうあったのですよ、それが今ではダイヤモンドに席巻されて誰も不思議に思わない、変だと思いませんか?

2019年3月31日