片目を開けて、昼寝をしましょ

 目下、小売業は壊滅状態にあります。中でも、最も不急不要の商品であるジュエリー業界は、お先真っ暗、何をどうしたらいいのか分からないというのが実感でしょう。素晴らしい隣人である中国からの贈り物、コロナの将来は誰にも分からないようです。それにしても、コロナに関連してテレビに、特に民放のテレビに登場する“専門家”さんたちのいい加減さには、呆れます。どれを聞いても、ただしゃべるだけ、結論らしいものはどこにもない。

 いつものことながら、こうした非常事態が起きた時、世間の反応はいつも二通りしかないようです。一つはただ訳もなく騒ぐだけ、この世の終わりだ、政府は何していると騒ぐもの、もう一つは、この非常時を使用して自分だけが何とか商売をしようというもの、この後者の方は、すでに宝石業界でも出ていて、ネット上ではジュエリーのコロナ大バーゲン販売とかも見られるようです。まあ、いつの世にも大胆な人間はいるもので、全く悲観的になるよりは、まあマシかなとも思えます。とにかく、我らがジュエリーという商品は、いつも言っています通り、あってもなくても人間が動物の一種として生きていく上では、まったく必要のないものですから、コロナ騒ぎが終わっても、回復するのは一番最後ではないかという危惧の念を、皆さんがもたれる、それはよく分かります。しかし、人間は単なる動物ではない、この信念が大事だと思うのですが。

 業界の中でもっとも大切なのは小売です。末端から商品がお客に渡らなければ、何事も始まりません。小売の現場はどうなっているのでしょうか。法律で閉店が要請されているもの、つまり、百貨店、スーパーの専門店街、ショッピングビルの中の店舗、これらは状況が変わるまでは変化しようがないでしょう。ですが、普通の小売店舗にはそこまでの要請はないでしょう。店頭で濃厚接触が起きるほどの宝石店などというのは、聞いたこともありませんよね。そうした意味では、宝石店は開いていてもおかしくはない。しかし、周りの商店街との絡みとか、開いていても客がこないし電気代がもったいないということで、閉店しているところも多いでしょう。

 この未曾有の状況に対応するアイデアは私にもありません。そうした場合、昼寝をする以外に良い方法はない、出る経費を抑えて昼寝をする、ただし片目だけは開けておく、それ以外に当面の対応策はないと思います。問題は開けている片目で何を見るかです。私は、昼寝をしながら見る、あるいはやるべきことは二つあると思います。一つは、お客様との連絡を絶やさないことです。売るための催事をやっても無理でしょう。ですが、こんな世の中ですが、こんな面白い商品を見ました、元気になったら扱いますとか、今は暇ですから真珠連の差し替えをしましょうとか、まったく商売を離れて篭ってばかりいないでお茶でも飲みに来てくださいでもいいです、とにかくお客様との接触を続けることです。フランスの男女の関係を表すセリフの中で、こんなのがあります。一番哀れな女は、捨てられた女ではない、忘れられた女である、というのです。一番哀れな店は、忘れられた店ですよ、忘れられないこと、それがこうした環境の中では一番大事なのですよ。そのためには、なんでもいいからお客様から覚えておいてもらうこと、それは絶えざる接触が一番大事ではないでしょうか。
  
 二つ目は、暇になった今、自分の商品を見直すこと、つまりですね、状況が変わって再びお客様の目がジュエリーに向かうようになった時、今自分が持っているジュエリーでお客様に満足いただけるのか、今付き合っている問屋の商品で、コロナ騒ぎが収まった後でも客を呼べるのか、ということを考えることです。こうしたことは、何か大きな機会がなければ実行できません。お店が半分閉まっているような時こそ、今の問屋でいいのか、もっと良い商品はないのか、新しいものはどこにあるのか、などを考えることです。そのためには目を半分開けておく必要があるのですよ。これができなければ、コロナ騒ぎは終わっても、やがて消えてゆくお店になるものと私は思います。

 個人的な話としては、私に今言えることはこれにつきます。もっと大事なのは、業界人そのものが自信を持ちことです。確かに、ジュエリーという商品は不急不要のものです、しかし、それなしに楽しい人生を送ることはできないということを、確信を持って業界が言うことです。江戸時代の歌にこんなものがあります。人の世は、食ってこなして 寝て起きて されそれからは糞を出すだけ、というのです。江戸時代はそうであったかもしれませんが、21世紀の今日、平均的な日本人の民度は非常に高い、おそらく世界屈指のものだと思います。食ってトイレに行くだけで終わりではない、何かもっと精神的に充実したものを必要としている、それが日本人の平均的な望みだと思います。そうしたモノの一つが、我らがジュエリーであるという信念を持つことこそ、ジュエリー業界が生き延び、発展できる方法であると思います。確かにこの騒ぎは、歴史にもないほどの大変なものですが、終わらないものではない。終わった時に、人々に満足を与えるものの一つが、ジュエリーを使うことであるという信念を持つこと、それができるジュエリーを揃えることではないでしょうか。こうした信念を失わずに、片目を開けてこれからを見据えながら、昼寝をする、これ以外にこの騒ぎをやり過ごす方法はないと思っています。皆さんのしっかりとした活動を期待しています。

2020年4月19日