ジュエリーコーディネーター誌への寄稿(最終回)

ジュエリーとはいったい何なのか−3

~女性の時代となった今、その意味を考える~

7.宝石市場で特に女性の活躍が期待できる場とは

 前回までの二回で、貰う人としての女性、買う人としての女性、そして作る人としての女性の歴史を見てきましたが、どうも作るということに集中しすぎたと反省、作るだけでなくジュエリーを提供する側、つまりジュエリー業界全体で、女性の活躍の現状と、問題点、そして将来への期待をまとめてみます。

 ジュエリーが作られ売られるまでの経路を見ますと、素材をデザインし、それを金属加工し、出来たものを小売の現場まで運び、最終的にそれをお客様に売る小売という過程に分かれると思います。この仕事全部をまとめて宝石業と呼んでいますが、仕事の内容や知識、それに必要とされる人的な性格や外見、経験の重要さなどは、仕事によって完全に異なります。業界で、卸業者が小売に進出する例は非常に多いのですが、成功した事例はありません。卸と小売だけでも、それほどに違う人材が必要なのです。いま私は、これから女性がこの複雑な宝石業のどの分野で活躍できるのかをまとめようとしているのですが、あらゆる場面での活躍というよりも、女性ならではの特定の分野での活躍という提案をしてみたいと思います。全くの私見で、皆さんには怒られると思いますが、この四つの過程の分担を大きく男女別に分けて考えるのが実際的ではないかと思っています。もちろん、完全に男女別というのではなく、主に、という程度の区分ですが。

 私が個人的にも女性の活動を期待したいのは、最初のデザインをまとめる部分と、最後の直接お客様——その95%以上はこれまた女性ですーーにジュエリーを売る部分です。もちろん、最近では自分でデザインしたものを自分で作る女性も増えており、私が最近まとめた日本の女性デザイナーの本を見ていただければお分かりの通り、男性に負けず力仕事の金属加工に取り組んでいる女性が多いことは承知しています。さらにキャドが進めば力仕事も減るでしょうから、女性の出番は増えるでしょうが、私が言いたいのは、もし女性が宝石業界で一つのことに専心するのなら、加工の仕事ではないのではないかということです。古いオヤジだね、あんたもと言われれば返す言葉もないのですが。

8.意外にも、女性ならではの小売店。

 この過程の中で、今の日本の宝石市場で思いもかけず女性の力がすでに発揮されているのが、最終的な小売の段階であると思います。百貨店などの組織販売を除いた市場の八割以上を占める小売店で、コロナ騒ぎの今日でも、曲がりなりにも店としての機能を発揮しているのは、すべて店主夫人、あるいは店主自身が優れた女性である店です。彼女たちの共通した特徴は、同性に好かれる性質、つまり女性に嫌われない女性なこと、ジュエリーという自分が売るものに関心と共感をと持っていることが感じられるということです。こういう女性が先頭に立ってお客と接している店は、おそらく今後の宝石小売店の主流になるでしょう。

 最近のコロナ騒ぎで、すっかり悲観的になっている業界でも、店舗を離れて、一女性としての個人的な魅力を発揮して、密かに売り上げを作っている店舗が多くあります。店を表に出すのではなく、自宅などに個人的に一日午前午後の二人くらいを、軽い昼食あるいはお茶などを出しながら、招待してじっくりとジュエリーを見せながら、話し込むという売り方で、予想外に高い来店率と販売率とを挙げている店舗があるのです。これなどは、男性ではほぼ絶対に出来ないやり方ですよ。ただし、これができるのは、先にも書きました通り、女性に好かれる女性が店にいること、まあ店主の奥さんか店主自身がそうでなくては、出来ません。私個人の経験から言えば、男性の社長なりがしっかりと裏方でまともなジュエリーを選び、それを店頭で奧さんが客に勧めるというのが、小売店の理想の形であると思っています。

 あまり冴えないオヤジが、この真珠は花珠鑑別書がついていますなどと言っている店は、今後五年のうちに半減すると思っています。こうした意味で、女性の占める位置は、小売の店頭ということに限定する限り、すでにかなりな成功を収めているのが今の日本だと思います、これをますます伸ばしてもらいたい。願わくば、センスのないオヤジが、ウロウロと店頭に出てくるのではなく裏方に徹して、女性を表に出すということを忘れないようにしてもらいたいと思います。これから、女性の活躍がもっとも期待できる部門です。

9.女性は多いのだが、問題ありのデザイナーたち。

 次に見るのは、すでにかなりの数の女性が参画しているにもかかわらず、業界の中ではあまり存在感のない分野、つまり最初のデザインを描く人々、デザイナーの世界を見てみます。女性の職業としてジュエリーデザイナーという職業が確立した経緯は前回書きました。最近の国内であるいろいろなデザインコンテストでも、入選者は圧倒的に女性が多いのはご存知の通りです。これはあくまで私見ですが、ここに、つまりデザイナー本人とそれを使う側の双方に問題があると思っています。デザイナーの問題は、あまりにも簡単にデザイナーになれるということです。多くは専門学校で基礎を学んだだけで、コンテストに一つ二つ入選すれば、もうそれでデザイナーになった気になる、周りもデザイナーとして扱うことにあります。専門学校の欠点は、すぐ役に立つことしか教えないことにあります。すぐに役に立たないこと、ジュエリー以外の知識や経験、つまり教養というものが全くなくて、レンダリングだけは知っている、ちょっと小器用に見よう見まねで絵を描いたらもうデザイナー、そこから生まれてくるジュエリーデザインが優れたものである訳はない、それが現在の日本のジュエリーデザインだと思います。自慢する訳ではないのですが、私は偶然にも20世紀を代表するようなデザイナー数人と個人的に知り合いでした。彼らの誰一人、ジュエリーデザインを専門に学んだ人はいないのですよ。彼らのデザインの後ろには、膨大な教養というものがあり、それがデザインの基礎になっている、これがないのですよ。あまりにも簡単にデザイナーになって、そこでもう安住してしまう。それでは優れたデザイナーにはなれない、一つ二つ、つまらんコンテストに佳作入選した程度で、デザイナーになった気分、それがいけないのですよ。言っておきますが、デザインコンテストに入賞するジュエリーと、実際に売り物になるジュエリーとは、全く関係がありません。もっと面白いものはないのか、過去にはどんなものがあったのか、世界中に似たものはないのか、などなど、さらなる勉強をしなければいけません。せっかくとっかかりを得たのなら、それを基礎にしてさらに勉強をして、さらに優れたデザインを目指してください。絵描きで終わってはダメです、自分の描いたデザインがジュエリーとして完成した時、それを自分が欲しい、手放したくない、と思えるデザインを自分は描いているのか、考えてください。

 いま多くのデザイナーは企業内のデザイナーとして働いていますが、ここにも大きな問題があります。デザイナーを使う側の人間に、優れたデザインを選ぶだけの能力がないことです。宝石商という企業の中で、デザインを、あるいは出来た商品を選ぶ人々は、その多くが男性なのですが、多くの場合、そのセンスには問題あるように思えます。稀に優れたデザインを描く人がいても、そうした企業人が選ぶのは、自分たちが理解出来る、無難で売りやすいと思うデザインがほとんどで、デザイナーの思いというものを理解しようとする人は稀です。その結果、デザイナーは腐り、出来上がるジュエリーはほとんどがどこかにあったものばかりとなる、それが現実の業界です。もちろん、自分でデザインしたものを自分で工具を振るって作っている女性もたくさんいます。これからの予測の一つとして、優れたデザイナーほど、自分で作り自分で販売をする、自分の店を持つという方向に進むと思っています。しかし、多くは企業内で働き、そこではオヤジたちがデザイン選定を行っているのは事実で、これを直さない限り、業界の発展はないと思っているのですが、なかなかに大変です。女性の問題というよりも、業界全体の大きな問題はここにあると思っています。これからのデザイナーには、優れたデザインを描くのと同時に、こうしたオヤジたちへの説得力というのも、大切になると思います。

10. 大いなる期待を込めて。

 ジュエリー産業の両端、つまり最初のデザインと最後の対顧客の対応という二つの面で、これからは女性の出番です。中間の加工と卸売りとは、基本的に力仕事であり、ひろい意味での創造力が必要な分野ではないと思っています。大部分を男に任せてもいいかもしれません。そういう意味で、男女間の分業というのは、これからのあるべき方向ではないかと、私は思っています。ジュエリーを使う人である女性の望み、希望、好みをよく知るのは、やはり女性ではないでしょうか。女性として、自分が使いたいと思うものをデザインする、これは男性にはできないことです。同じように、女性の販売員が、自分が使いたい、買いたい、売らずに持っていたいと思えるようなジュエリーをお客に勧める時、その想いはお客に伝わり、売り上げの増加となって帰ってくるのです。これは、そうした感情を持つことなく、単なる商品として勧める男性の販売員には絶対に出来ないことです。ただ大事なことは、そこで小さな成功に安住しないことです。それではオヤジと同じことになります。

 コロナ騒動は業界に大きな打撃を与えました。もう宝石業界にお客が帰ってこないとか、帰ってきても一番最後だとか、悲観論が業界人の間にも流れています。私はそうは思いません。予想外に早く、ジュエリーへの回帰は起きると思います。日本人の民度は、食って寝るだけの消費が全てなどという程度の低いものではないと信じています。ただ、お客が戻ってきた時に、今までと同じような商品を同じようなオヤジが売っているのでは、購買意欲はそがれ、お金は別の分野に流れるだけです。自分の想いを込めたジュエリーを女性が開発し、それを商品として作り出す意欲と能力を持った男性が登場し、最後に自分の情念を込めてジュエリーを女性が勧めて売るという図式ができれば、宝石業界は見事に復活するだけの能力があると信じています。自信を持ちましょう。今や女性の時代、たしかにそうですが逆に言えば女性の能力が一番問われる時代に入っています。女性たちの一段のお勉強と、それを理解する男性の登場、これが一番大事なことだと思います。変化を期待してやみません。

2020年7月27日