格言に見る業界ばなし その9 世の中に、人の・・・ (2014年 時計美術宝飾新聞)

 これは奇人の作家として有名な内田百閒先生が家の玄関に張って来客を断った言葉で、世の中に、人の来るほど楽しきはなし、そうは言ってもお前ではなし、これが全文です。なんとまあ、人を食ったセリフで、百閒先生ならではの辛辣なもの、これを我が業界に当て嵌めますとこうなります。世の中で、宝石買うほど楽しきはなし、そうは言ってもお前の宝石じゃなし、あれま、という感じですよね。いま、宝石の顧客となる女性たちが言っているのは、まさにこの通りなのですよ。お金が無くなった訳じゃない、買う気が無い訳じゃない、いつでも良いジュエリーなら買いますよ、だけど買いたいのはアンタが持ってくるものじゃないよ、ということです。これは効きますよね、どうしたら良いか分からないで十数年、未だに俺たちのジュエリーが売れないのは高いからだと思い続けているのが業界です。
 前にも書きましたが、この十数年来、業界の中で定説のように言われて来たのが、高いものは売れないね、という言葉でした。これを合言葉に、皆さんで寄ってたかってやったのが、単価の引き下げと言うか、安い価格のジュエリーを扱うことでした。当然、客単価は下がりますが、それに伴って売れる数量が増えた訳じゃない、当然のこととして、市場規模は縮小の一途をたどる、これがこの20年ほどの間に、業界に起きたことです。では本当に高いから売れなかったのでしょうか。このコラムの六回目にも書きましたが,高くて良くないから売れないのですよ。自分の商品が売れないのは、もしかしたら良いものではなく、百閒先生の言うお前じゃないというモノじゃないのかという疑問を全く感じなかった。
 良い物が作れない最大の理由は、費用とかの問題じゃない、作る側が何が良い物かが分からない、分かろうとしないからですよ。いや、これは正確な言い方じゃないかも、分かったような気になって作るけど、それが実際には良い物ではない、少なくとも,お客である女性たちの感覚とは違うということではないでしょうか。
 こう言いますと、それはデザイナーの問題だ、デザイナー教育を拡充しなくては、あるいはデザインコンテストをどんどん開催して隠れたデザイナーを発掘するだのと言い出します。デザインコンテストなど、すでに必要以上にすでにありますよ。そうしたコンテストで入賞する作品は、コンテストのためのデザインであって、実際に使えるデザインではない。最近など、ジュエリーデザインで宇宙を考え、エコを考え,人間の未来を考えるなどの素晴らしい作品が多いようですが、実物はナンジャロかねという代物ですね。良いジュエリーを作るというのは、もちろんデザイナーのセンスも大事ですが、どうしたデザインを選ぶか、あるいは指示だしするかにかかっているのです。つまり、描かれたデザインを選ぶ、あるいは変更の指示を出す人間、つまり社長とかその周りの人間ですね、その連中の能力に比例するのですよ。だからオカシな社長の下に、いかに優れたデザイナーがいても、社長が妙なデザインばかり選ぶようでは、まともな商品は出来ないということです。ですからね、ここ二十年に渡り、お客の女性からお前の商品じゃないのよ、と言われ続けてきたのは、ひとえに社長の能力がお呼びでなかったということなのですよ。社長、反省しましょうよ。

2019年4月11日