格言に見る業界ばなし その6 数多い愛の・・・ (2014年 時計美術宝飾新聞)

 この連載を始めてから、色々な人から意見を言われて、一番びっくりしたのは、山口さんは宝石が嫌いなんでしょうという質問でしたね。誤解もいいとこ、これはいかんと、今回は宝石大好き人間であることを知ってもらうための文句を選びました。これはシェークスピア、「ヴェローナの二紳士」からのもの、「数多い愛の言葉よりも、もの言わぬ宝石のほうが、とかく女心をうごかすものだ」が全文です。宝石業界として泣いて喜ぶべき惹句ですよ、なんせ、私じゃない、シェークスピア様ですからね、言っているのが。なのにどうして日本の女性の心は動いてくれないのでしょうか。今回はその辺を当たってみます。
 私の実感で言えば、宝石が嫌いという女性は、たぶん比率にして1%位だと思いますよ。自分が正しいと思うことだけが正義で、虚飾を廃し、地球を考えエコを実践する、こうした方々に嫌われるのは仕方が無い、まあ縁なき衆生と思う以外はない。そうした立派な方々以外の女性は宝石大好きじゃないかと思っています。だけど、あまり良い話が聞こえない、どうしてでしょうかね。
 一種の閉塞感というのか、うんざり感というのか、それが漂っているのが宝石業界ではないでしょうか。これはこれはと言えるようなジュエリーに、最近はとんと会ったことが無い、とにかく新作ですよと見せられて、おおと感動するような商品には出会っていない。どうも女性たちの話を聞いていても、ジュエリーに感動を求めるよりも、食事とか、海外旅行とか、凝った国内ツアーとか、あるいは何かお勉強したいとか、そちらの方に目が向いていると思います。少なくとも最もレベルの高い、それで消費力のある階層の女性たちは、そう思っていると思います。
 もう幾つも持っている、どっかで見た、友達が似たものを使っていた、それってちょっと昭和ものじゃない、こうした言葉、まあ口にしてくれればの話ですが、内心、彼女たちが感じていることだと思います。それをさらに買えと言っても、買いませんよね。そこで業界のしたことは、値下げですよ。安いですよ、バーゲンですよ、改装のための売りつくしですよ、流通経路を短縮してこの値段ですよ、と安い競争に走ったのがこの数年ではないでしょうか。もちろん、安けりゃ買うというお客様は何時でも何処にでもいます。だからそこそこの成果は取り敢えず上がるかも知れない。だけど安いから買う、買えるという人は、決してリピーターにはならない。まあ言ってみれば通過客に過ぎない。通過客が増えて、そうした人相手の商品が店に増えれば増えるほど、本来の固定客になるべき人々は逃げて行く、これが問題なのです。
 大事なことはですね、安いということでつられることのないお客を、どうして店に引き止めるか、これが今一番欠けている発想ではないかと思います。女心を動かすジュエリーは何か、安いですよとだけ名乗りを上げるようなジュエリーではないもの、それが何かということに思い至らない、それが今の業界なのでは、と思います。17世紀のシェークスピア様でも、いまの日本に溢れている膨大な、それでいて魅力のほとんどない宝石を見たら、これが女心を動かすものと言ってくれたかどうか、自信はないですよ、私も。

2019年4月11日