格言に見る業界ばなし その12 宝石商というのは・・・ (2014年 時計美術宝飾新聞)

 この連載もこれで最後となりました。これは格言ではありません。二十年も前に、私がニューヨークの五番街にある誰でも知っている宝石店の四階にあった社長室で、黄昏行く五番街を見下ろしながら、マッカランのシングルモルトを啜っている時に、その社長がぼそっと呟いた言葉です。宝石商というのは、世の中で最も美しい物を売る、最も薄汚い連中さ、それがほぼ全文です。私がこれに対して何と返事をしたのか、自分でも覚えていません。そのころはまだ、今程に宝石業界というものにウンザリしていませんでしたから、おそらくそんなことは無いよと答えたと思います。まあ私も純情だった頃があったと言うことでしょうか,今なら、完全に同意していますね。
 私自身、大学を出てからすぐに宝石業界に入り、もう五十年以上をそこで過ごしたのですが、二三年目から、どうもこの世界はイカガワしいのではと思い始めました。業界で会う奴もイカガワしいのが普通で、社内にも変なのがいるし、少し偉くなったら、やたらと飲み食いゴルフに誘いにくるのはいるし、それでいて、ジュエリーという仕事についてまともな話の出来るのはほとんどいない。他所を見ると、婆さんを捕まえてはローン漬けにしてるし、値段はいい加減で何が正しい値段なのか誰も知らない、保証書はデタラメ、宝石の鑑別鑑定など会社によってコロコロ変わるし、商品説明にいたっては漫画みたいなことがまかり通る。だれ一人、お客様にとって何が良いかなど、考えたこともない。時々、スキャンダルが出ると、まともな説明すら出来ない。いやあー、これは素晴らしい業界だなと思いつつ、五十年が過ぎたという訳です。
 もちろん、どんな業界にも裏の話はあります。しかし、これほど全体のレベルに問題がある業界というのは少ない、和装業界、不動産業界など、良い勝負かなと思う業界もありますが、それでも大企業と言える企業があって、それなりの纏まりはありますよ。宝石業界には、リーダーとなるべき大企業がない、その替わりと言っては何ですが、やたらと小さな企業が山のようにある、しかも他の業界からの新規参入が何時までたっても終わらないというのも不思議ですよね。お手軽に高価なものを扱って、あんな奴でも出来るのなら俺でも出来ると思うのか、誰でも儲かるように見えるのでしょうかね。ほとんどの新規参入はすぐに消えるのですが、素人の業者が出たり入ったりするから、業界の水が濁ると言うのか、まあ、いい加減で薄汚い話がどうしても多くなる。
 まあ、こうしたことは日本だけじゃない、世界中の宝石業界を見ると、多かれ少なかれ、似たような状態にあるようです。だからあの高名なアメリカの宝石商が、薄汚い連中さと、噛んで吐き出すように言ったのも、それなりの理由があったのかと思います。まあ宝石という不思議な商品の宿命さと言ってしまえば、それだけのことかも知れませんが、大金が絡むだけに、後ろ指を指されることの無いようにすべきですが、逆ですよね、色々と疑惑を招くようなことが多い。実に残念なことですが、薄汚くないよと言えるだけの自信も持てない。特に我が国で、そうじゃないよと言い切れる状態にないのは、実に無念なことですが、おそらく変わることはないでしょうね。今なら、私もあの社長の言い分に完全に賛成するのは間違いない、残念ですが。

2019年4月11日