ジュエリーコーディネータ誌への寄稿

最後に、業界復活のために何が必要か-ーあくまで私論ですが。

 1990年代半ばから今日に至るまでの宝石業界の低迷の主たる原因の一つが、日本経済そのものの低迷であったことは間違いありません。しかし、個々の経済統計を仔細に見てみると、我々の顧客である個々人の経済条件が、業界の低迷を全て説明するほどには低下していません。そこで明らかなのは、顧客の限られたお金が、我々宝石業界から全く別のところに向かったまま、戻ってこなかったということです。普通ならば、業界全体のサイズが三分の一まで縮小したなら、業界を挙げて何が原因か、何が悪かったのか、商品のどこに欠陥があるのか、全員が猛省するでしょうが、宝石業界に関する限り、そうした反省は聞いたことがありません。みなさん、多少のことには驚かない肝の太い方なのだろうと感嘆しています。この最後の小論は、その分かり切った原因を考えるのではなく、いかにして宝石業界が復活するか、そのためには何が必要なのかを考えてみたものです。個々の企業あるいはお店だけがやれることではなく、業界全体として、宝石業界として取り組むべきではないかと思うことです。

1.女性はジュエリーを見捨ててはいないという自信を我々は持つこと。

最近、業界人の集まりとか、話し合いなどでよく耳にするのですが、宝石業というものへの絶望感とか、将来性のなさとか、自信のなさとかを感じる言動が多いような気がします。コロナが終わっても宝石を買う人はいないとか、戻ってきても一番最後だとか、売れても10万円以下のものしかだめだとか、まあ、それで良く廃業されないのは不思議なくらい位です。そうした発想は間違っているだけでなく、業界の回復に大きな障害となります。難しく考える必要はないのですよ、自分がものを買う場合のことを考えてください。貴女が洋服でも下着でも靴でも買おうと思って入った店のセールスが、勧める商品を自分も気に入っていて真剣に勧めているのか、それとも自分がいる店に貴女が入ってきたから何となく応対しているのかは、すぐに分かるでしょう。自分はこの商品が素晴らしいと思っている、売るよりも自分が使いたいと思っているという気迫がないのですよ。そのためには、ジュエリーというものが好きで、女性は皆ジュエリーを欲しているという信念が大事なのです。これが今の販売員には欠けていると思います。そんなの精神論じゃないか、古いよと言われるかもしれませんが、物を売るには、こうした信念が不可欠なのですよ、特に、ジュエリーのように、直接的な購買理由がない商品については、絶対に不可欠です。業界全体を見渡して、一番欠けているのはこの熱い想いなのですよ。
 
2.ジュエリーというものが、今や女性の必需品であることをPRできる広報センターを設け、業界の顔とでも言える人を作ること。

いま新聞、雑誌、テレビなどのマスコミを見渡しても、ジュエリーに関する記事はほとんどありません。女性誌などに出ている記事は、ほとんどが広告がらみの外資系のジュエリーばかりで、我々日本人のジュエリーに関する記事は皆無に近い。話題がなさすぎるのですよ。マスコミの人たちも、商売ですから、半日取材に出て、書けるようなネタが何も無いでは、取材にも来ませんよ。こんな新しい宝石が見つかった、古い素材を使い直して新しいジュエリーができた、こんな密かな仕事をしている素晴らしい女性デザイナーがいる、良いジュエリーとは何か、正しい使い方とは何か、これからはブローチの時代、その正しい使い方、ジュエリーを使っていない女性はほとんどいないほどに必需品なのだ、ジュエリーは金持ちの女性の遊びにすぎないというのは間違い、などなど何でもいいから記事にできるようなネタを出し続ける、その工夫がなさすぎます。もう今や広告というものへのお客様の信頼と関心は薄い、それよりも広報の時代なのですよ。あまりにも芸がなさすぎると思いませんか。業界の顔を作ることです、あの人の所に行けば、何か面白いネタがあるという場所と人を作る、そこからどんどんジュエリーについての記事を流す、それをお客様が記事として読むという構造は必要です。

3.業界としての図書室、資料室、展示室を設けて、後進の人々の参考とすること。

いま音楽、絵画、彫刻などは立派な芸術として尊敬され、それに携わる人たちも芸術家という顔をしていますよね。しかし、1800年前後から始まる近世以前には、ジュエリーを作るための技術、つまり金工というものは、そうした絵画などと並ぶ立派な芸術の一つでした。しかも非常に古い、音楽などよりははるかに古い歴史があるのです。その長い歴史に含まれるデザイン、作りの技術、素材への知識というものは、膨大なものがあります。それをいまのジュエリー作り、販売に活かすには、そうした知識を勉強できるための組織が必要です。いま業界を見渡してみても、図書室、資料室を持っている企業はほとんどありません。業界全体としての資料館もなく、学校はたくさんありますが、まともな図書室を持っているのは露木さんの日本宝飾クラフト学院だけという有様です。これでは心ある新人達が勉強しようと思っても、手がかりがない、それぞれの企業には使ってない資料が多くあるはずです。それを何処かに纏めて、勉強をしたい人たちの手助けとするという器量を持たない限り、日本のジュエリー業界はいつまでたっても変わらない。そこらにあるデザインをパクリあってジュエリーを作っても、その水準は少しも変わらないと思います。
 
4.お客様のためのジュエリー教室のようなものを定期的に設けること。おそらく百貨店の協力が望ましい。

一つの企業ということではなく、業界全体としてお客様たちにジュエリーの基本のことを話す、あるいは触れ合う機会を持つべきです。素材の話でも、デザインの話でも、ブランドの話でも、使い方のABCとか、なんでもいいから女性にとって知らなかったとか、面白かったと言わせる茶話会を定期的に作ったらいいと思います。場所とか人材とか、あるいは茶菓の提供とかを考えると、どこかの百貨店の協力を仰ぐのが無難かと思います。お客様にジュエリーを忘れずにいてもらい、同時にお客様のいまのジュエリーに対する気持ちや考えを直接に知る機会がなさすぎます。とにかくじっとしていて良いことは一つもありません。かき回すことです、かき回した泡の中から、興味と関心が生まれるのです。業界人だけが集まって、内向きにグダグダと話し合っても、何も生まれないのですよ。

5.ジュエリーの専門誌を作り、皆で支えること。

昔バブルが全盛の頃には、あの日本経済新聞社が日経ジュエリーという雑誌を毎月発行していたことを記憶される方は、もう少なくなっていると思います。もうとっくに廃刊になりました。その最後の頃の編集長と話したことを覚えています。最後の頃は売り上げがたった2000部でした。彼に聞かれたのですが、業界には小売店が一万はあるでしょーーその頃はあったのですよーーそしてメーカーや卸は千社はあるでしょ、全体では数万人の参加者のある業界ですよね、それなのに業界誌が1000部も売れないーー半分以上はお客様が買っていたのですよーーというのは、どういうことですか、業界の人は勉強をしないのですかね、と。私は何も答えることができませんでした。それ以来、業界誌のようなものは、ほとんどありません。少なくとも、ジュエリーに関心のある女性が読んでみようと思えるだけの雑誌は、少しはあったのですが廃刊になりました。いま女性に向かって情報を発信しているのは、女性向けの月刊誌ですが、その内容はほとんどが外資系の宝石店の話ばかりです。私は思うのですが、何も月刊誌でなくともいい、季刊誌で十分だと思います、業界人の半分以上がしっかりと購読してくれて、残りが普通の本屋で流れて、お客様の女性が買うようなジュエリー専門誌が作れないものでしょうか。そのためには、業界に携わる人たちが、勉強の意味も含めて定期的に買うという行動が必要です。現実には買いませんよね。三ヶ月に千円前後の雑誌一冊すら買わない、それが業界の現状です。なんとか改めたいと思いませんか。

最後の最後に。

 皆さん、ここまで読まれて多くの方は、言っていることはわかるけど、私たちのやること、やれることではないよね、と思われると思います。その通り、その多くは社長なり社長の奥さんなりが心がけることです。しかし、声を上げること、あるいは日々の現実の仕事の中で、少しずつでも実行できることはあると思います。上に向かって提案することもあると思います。ともかく、今までこうしてきた、変えることはないよというスタンスでは、何をどうしようと宝石業界の現状は変わりません。お客様のお金はジュエリーに向かわないままに流れていったのが、3兆円から1兆円前後まで市場が縮小した30年でした。それを変えることが出来るのか、それは皆さんの心がけ次第だと思います。長い話になりましたが、どうか元気を出してチャレンジしてください。もう現場に参加するには高齢になりましたが、応援だけはいつでもしますよ。

2021年1月14日