ジュエリスト30周年記念号 寄稿

三十年経って思うこと

 三十数年前、まだバブル経済の最末期の頃、年商3兆円を記録した宝石業界は、三十数年を経過した今、年商は三分の一にまで減少し、業界の合言葉は「売れないね」になっているようです。にもかかわらず、業界の人々は騒ぐ様子もない、素晴らしい大人物が揃っているようです。

 どんな業界、例えば自動車業界とか、鉄鋼業界とか、年商が三分の一になれば、大騒ぎになるでしょう。我が宝石業界だけは、少しも騒がず、日々を送っていらっしゃる。なぜ売れないのか、何がいけないのだという反省を、業界の中で聞いたことはありません。不況だ、お客に金がなくなっている、バブルがはじけた、こうした自己エクスキューズだけが渡り歩いていると思います。

 このバブルがはじけてからの三十年の、宝石業界の不況の最大の責任者は、お客様に直接接触する小売店にあると私は思います。どんな業界でも、自分の商品が売れなくなれば、商品のどこがいけないのかを反省しますよね。商品の欠点を探し出し、より良いものを作り、それを見つけ出して、お客に提案する、それが普通の業界のすることです。
 
 翻って我らが宝石業界のこの三十年を見てみましょう。一口で言えば、商品が売れなくなった時、その商品に問題があるのではと考えるのではなく、その問題のある商品をそのままにして、それをいかにして売りつけるか、つまり販売方法を考えることに集中したと言えるでしょう。曰く、ユーザー展、ローン販売、持ち回り、年に数回のホテル催事、などなど世界の宝石業界に類を見ない奇抜な販売方法に熱中した、それが現実ではないでしょうか。あまりお気づきになってないと思いますが、こうした販売方法はまったく日本独自のもので、お隣の中国や韓国でも一切ありません。ましてや、欧米にはまったくない、まあアメリカの一部にローン販売がある程度だと思います。
 
 こうした販売方法を編み出したのは、いわゆる問屋さんたちです。流通の過程の中で、自分の資金で素材を買い、物を作り、在庫を保持しているのは、いわゆる問屋だけです。彼らは必死ですよ。小売店は、売れないね、お客がみんな金がないと言っているよ、なんか売れるもの持ってきてよ、などと嘯きながらテレーッと座っているだけ。そうした小売店の尻を叩く方法として編み出したのが、上記の奇抜な販売方法なのです。この過程で、商品そのものがいけないのではないかという反省は、ほとんどない。これが一番の問題でしょうね。
 
 この方法が続いている間に起きたこと、それは小売店が問屋に丸投げを始めたことです。最初は、小売店の一部の人たちも、何かもっといい商品はないかと考えたこともあると思います。そのうちに、自分たちで考えるよりも、問屋が持ってくる商品を扱う方が、楽だと思い始めたのでしょう。問屋の方も、自分であれこれ考えるよりも、メーカーが持ってくる商品を適当に集めて小売店が文句を言わないなら、それで良しとした。こうして、流通のそれぞれの過程において、誰一人真剣に考えないジュエリーの山が、小売店に並ぶことになるのです。これが現在のジュエリーが売れないという最大の理由だと思います。
 
 かくして、小売店が年に一二度ばかり開く展示会なるものに、並ぶ商品のほとんどは、小売店が全く知らない、見たこともない、良し悪しを言ったこともないジュエリーが勢ぞろいすることになります。それを無理やり、ローンですよ、東京に行ってホテルでご飯でも食べてジュエリーを見ましょうよ、などと言いながら売りつけることになります。最近では、ジュエリーの新しいものがないため、衣服、バッグ、化粧品などはもちろんのこと、なんとフライパンまで売る展示会が出てきています。世も末ですね。これが現在のジュエリー業界の真の姿ではないでしょうか。
 
 こうしたことになるのは、最終的にお客様に接する小売店が、ジュエリーという商品に、確たる知識も愛情もない、ほとんど人任せという、いい加減さから生まれてきたと思います。お客様の経験や知識は、どんどん上がっています。その中で、ジュエリーに知識も愛情もない小売店が奨めても誰も見向きもしない、お店の店頭にお客様が見えるのは時計の電池交換だけというお店がほとんどになる理由です。
 
 小売店の皆さん、自分が売るジュエリーに、もっと関心と、愛情と、知識を持ってください。そこが変わらない限り、業界は変わりませんよ。

2024年11月4日