格言に見る業界ばなし その10 勤勉であることは・・・ (2014年 時計美術宝飾新聞)

 色々な本を読んでいて、内容のシビアさに腰を抜かさんばかりにびっくりすることは稀ですが、この格言に三十代の頃に出会った時は、本当に驚きました。全文はこうです。勤勉であることは愚かであることの償いにはならない。世の中、勤勉な馬鹿ほど、はた迷惑なものはない、です。ホルスト・ガイヤーと言うドイツの哲学者が書いた「馬鹿について」という本に出てきます。人間、あんまりにも本当のことを言ってはいけませんよね、これはあまりにもズバリと真実を言い過ぎています。確かにこの通りなのですが、それをズバリと言ってしまっては身も蓋もない。ガイヤーさんも、大成しなかったようですから、まあ言い過ぎですよね、これは。
 そうは言っても、サラリーマン生活を50年もやっていますと、この言葉が真実であることはよーく分かります。企業社会には、実に不思議な人物が棲息していまして、あだ名をつけるなら残業部長とか、会議大臣としか言いようのない人物がいます。とにかく、共通しているのは、その人物がいるだけで、仕事がどっと増える、しかもほとんどが何の役にも立たない仕事ばかり、部下の誰もが何のための仕事か分からない、それでどっとモラルが下がるというのが特徴でしょうね。日中はどこにいるのか分からないけど、午後の四時くらいから仕事を始めるからみんな残業になる部長とか、五分で決められることを10人も人を集めて一時間も会議をやる奴とか、おお、それってウチの会社のことかと思われる方も多いでしょうが、オタクだけじゃないのですよ。
 小生の見る所、我らが宝石業界にもこうした人物は多い、しかも小売店の社長とか社長夫人とか、偉い人に多いですよね。扱う商品についても、営業方針についても、何の定見もない、日替わりでコロコロ変わる。それでいて部下に色々と聞くだけは聞くけど,人の言ったことは何も実行しない。社長と専務の間に、方針の統一がない。だいたいこうした社長は店にいないですよね、市や商店街の発展のための会議とか、NPOの会だとか、とにかく店頭にいることがない。だから奥さんの専務がことを決めると,いつの間にか帰って来た社長がコロッと変えてしまう。社員こそいい迷惑、仕事が倍に増えるのは、まさに勤勉な馬鹿が仕事をした場合の典型ですよ。もっと困るのは売る商品についての定見がないことでしょう。問屋の言いなりで,催事の場合でも当日の朝まで、どんな商品が来るのか、知らないという店はザラですよ。社長が知らないのですから、社員に分かる訳は無い。取り敢えず、問屋の言ってることを口移しにお客に言ってるだけ、これでお客に喜んでもらえたら奇跡というものです。
 下の者から見たトップと言うのは、もちろん馬鹿であっては困る、ですがやたらとウロチョロと勤勉であっても困るのですよ。決めることをしっかりと決めたら、後はどーんと任せる、もちろん目は配りますよ、ですが不必要にウロチョロして社員の迷惑とならない、これが大事なのです。宝石業というのは、やたらに細かい仕事がある、ですからどうしても大きな方針よりも些事に目が向くという嫌いはある、だけどそれじゃ下の者も困るし伸びない、これが今の業界の混迷の一つの要因ではないかと思えるのです。どうかトップの皆さん、勤勉な馬鹿にだけはならないで下さい。

2019年4月11日