ジュエリーコーディネーター機関誌への寄稿(4回連続の2)

ジュエリーコーディネータの皆さんへ
ジュエリーを売ることの楽しみについて

 この小冊子を読まれる方のほとんどは、級こそ違え、ジュエリーコーディネータ試験に合格された方だと思います。まずはお目出度うと申し上げ、その後でコーディネーター合格は、素晴らしい宝石商になる通過点の第一歩に過ぎないことを書いてみたいと思います。

ジュエリーとはどんなものなのか。

 そもそもジュエリーと言うものは、何なのでしょうか。物としてはこれほど不思議なものはありません。第一に非常に古いモノである、人間が使ってきたモノの中で、数千年の歴史を持つ最も古いモノであるにもかかわらず、何の役に立つのかがよくわからない。ジュエリーを使ったら、お腹がいっぱいなるとか、寒さを防げるとか、身体の防御になるとか、そうした即物的な効用が全くない。にもかかわらず、私たちの祖先は世界中でジュエリーというものを数千年にわたって使ってきたのです。
 ジュエリーの起源については、いろいろな説があります。魔除けだという説、いや人間は何でも遊ぶ動物だという説、他人との連帯感を持つための道具であるという説、いろいろとありますが、どれも間違いなくそうだとは言えない。私個人としては、魔除けであると同時に、自分を美化して遊んだ道具ではないかと思っていますが、自信はありません。まあ、そうした原始時代の話は別して、18世紀の末に産業革命が起き、それによって普通の人々がジュエリーを買う、使うようになってからは、女性たちが自分をより美しくし、楽しむ道具になったと言えるでしょう。
 ジュエリーがこれほどに長い、幅の広い歴史を持っていることから、一つの問題が持ち上がります。それは、ジュエリーというものを作るための、技術、素材、デザインなどの面で、とてつもない広がりが生まれるということです。事実、歴史的に見ると、つい最近まで、西欧ではジュエリーを作ること、つまり金工ですね、これは絵画、彫刻、音楽などと並んで、いわゆる応用芸術のひとつでした。イタリアのチェリーニ、ドイツのディングリンガーやヤムニッツアーという名工への尊敬は、画家や彫刻家と並ぶものでした。作ることの複雑さという面では、金工の方が他の芸術よりもはるかに優っていたのです。残念なことに、ジュエリーというものが大衆化するにつれて、世界的に見ても、こうした金工の伝統は薄れて、単なるコモディティーー普通の商品ということーーとなって行ったのです。特にジュエリーの歴史をほとんど持たないままに、富裕化してジュエリーを作り、買い始めた日本では、この傾向が顕著になりました。それが現在の日本のジュエリー業界なのです。

コーディネーターに期待すること。

 試験に受かってジュエリーの初歩をマスターしただけで、その複雑さ、多様さ、良し悪しが分かったと、皆さんが思っているのなら、それは思い違いです。本当に良い宝石商あるいは宝石の販売員になろうと思ったら、まだまだ学ぶべきことは沢山あります。何も学者になるのではありませんから、知識を振り回すために勉強するのではない。勉強をすれば、ジュエリーの良し悪しが分かるということです。分かれば、良いものを勧めることができる、ここに大きな販売のチャンスが潜んでいるのですよ。
 お気付きの方もいると思いますが、お客様というのは、特に女性のお客様はとても敏感です。何に敏感かと言えば、ある商品を売っている人が、その商品が好きなのか、本当に良いものだと思って売っているのか、単になんでもいいから売っているのかを感じ取るという意味で敏感なのです。できれば自分でも買いたいなと思うようなジュエリーを売っているのか、そうでないかは、肌で分かるのですよ。特に日本の女性のお客様は、この点で世界に冠たるものです。よく外国の業者がーーこれはジュエリーに限らずですがーー日本人に売れれば、世界で売れるというのはこのことを言っているのです。
 さてここで問題です。コーディネーターの皆さんは、日頃ジュエリーの販売に携わっていて、まあ、販売だけが仕事ではないでしょうから作る人も含めてですが、あなたはそのジュエリーを気に入っているのですか、もっと広く言えば、あなたはジュエリーというものが好きなのですか、という問題です。
 これは私の持論でいつも言っていることなのですが、宝石商という商売は、遊び半分の仕事だと思います。ここで、遊びというのは、ふざけ半分の遊びではなく、仕事を楽しむゆとりと言うか、仕事そのものを愛するというか、そうした意味での遊びです。私ごとになりますが、私は現役の頃に、世界の名だたる宝石商やデザイナーと個人的な付き合いがありました。彼らと話をしていて、いつも感じたのは、全員がジュエリーが大好きだなということでした。ジュエリーが好きでもなく、関心もないと思える人は一人もいなかったと思います。酒を飲んでいても、食事中でも、ことジュエリーの話になると、ぐっと身を乗り出してくるのですよ。そして皆さんが、ジュエリーに関する膨大な知識と興味を持っていると思えたのです。
 さて皆さん、もし皆さんがコーディネーター試験に受かったということだけで満足していたら、ジュエリーを好きになるというレベルには達しないと思います。あるジュエリーが大好きで、それを心から売ろうと思えば、その気持はお客様に伝わる、そして売り上げは増すのですよ。いやいやどうでもいいやと思えるジュエリーを売ろうとしても、それが好きなものでなく、自分も欲しいと思えるものでなければ、売れないのです。そして、売りたいと思う良いジュエリーを見抜くには、今のレベルで止まっていてはダメで、さらなる勉強が必要になるのです。そして、自分のレベルも上がるのですよ。勉強と言うよりも、強い関心を持つ、参考書を読んでもいい、展覧会があれば必ず見に行く、逆にロクでもないジュエリーが一杯ある場所に行って、ダメなものの共通点を見つけるのもいいでしょう。とにかく、試験に受かって、ああこれでいいやと思う限り、売れる宝石商にはなりません。そほどに、ジュエリーの世界は深く多様なのです。いいですか、優れたジュエラーになるには、ジュエリーが好きで、強い関心と興味を持たなければなりません。それがお客に伝わり、より多くの売り上げにも結びつくのですよ。そのためには、一度試験に受かったからといって、安心してはダメです。
 こう言うと、だけどウチの社長や社長の奥さんが持ってくるジュエリーに売りたいものは少ないのですという反論をもらいます。残念なことに、これは事実に近い、いま業界で一番問題なのはそこにあるのですが、それでも少しなりとも見所のあるジュエリーを勧める、それすらないのであれば、まあその店は辞めた方が良いかもしれません。
ともかく、優れた宝石商になろうと思えば、第一はジュエリーを好きになること、ジュエリーについての良し悪しを勉強すること、それ以外に方法はないと思います。コーディネーターの皆さんを励ますつもりでしたが、何か反対のことを書いたかも知れません。言えることは、試験に受かった、それは到達点ではなく、一里塚に過ぎないことを心に留めていただければと思います。

2020年2月29日